高知地方裁判所 平成11年(ワ)424号 判決 2000年5月18日
原告
河野通麿
ほか三名
被告
欄所知徳
主文
一 被告は、原告河野通麿及び同河野春美に対し、それぞれ三二六一万四二九五円及びこれに対する平成一一年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告宮地敏夫及び同宮地美知子に対し、それぞれ三二七七万四五八九円及びこれに対する平成一一年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告河野通麿及び同河野春美に対し、それぞれ三三五四万八七一二円及びこれに対する平成一一年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告宮地敏夫及び同宮地美知子に対し、それぞれ三三七〇万九〇〇六円及びこれに対する平成一一年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、交通事故により死亡した被害者の相続人である原告らが、加害車両を運転していた被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づいて、損害賠償及びこれに対する事故日以降の遅延損害金の支払を求めた事件である。
二 前提となる事実(当事者間に争いはない。)
1 交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 日時 平成一一年七月二一日午前二時一五分ころ
(二) 場所 高知市桟橋通五丁目五番六三号先道路
(三) 加害者 被告
(四) 被害者 河野李奈(昭和五八年七月二六日生)及び宮地里奈(昭和五八年一二月七日生)。いずれも、本件事故当時、満一五歳で、高等学校の第一学年に在籍していた。
(五) 態様 被告は、平成一一年七月二一日午前二時一五分ころ、普通乗用自動車(広島五九な五六七三、以下「本件車両」という。)を運転して本件事故現場を梅の辻方面から横浜方面に向かい走行中、先行する渡邉清運転の普通乗用自動車(タクシーであった、以下「被害タクシー」という。)を右側方から追い越そうとするに当たり、右に転把しつつ急加速して、時速約九〇キロメートルないし一〇〇キロメートルで進行したため、雨で濡れた路面上で本件車両を滑走させた。被告は、更にこれに驚愕し、左転把するとともに、急制動の措置を取ったために、本件車両を操縦不能の状態に陥らせ、これを被害タクシーの後部に追突させて、被害タクシーを道路左側の街路支柱に激突させ、よって、被害タクシーに乗車していた河野李奈及び宮地里奈を出血性ショックにより、即時、同所において死亡させた。
2 被告は、本件車両を運転中に本件事故を惹起したものであるから、自己のために本件車両を運行の用に供していた者に当たり、自賠法三条による運行供用者として、本件事故によって生じた損害を賠償する責任が存する。
3 原告河野通麿及び同河野春美は、亡河野李奈の父母であり、同人を相続し(相続分各二分の一)、また、原告宮地敏夫及び同宮地美知子は、亡宮地里奈の父母であり、同人を相続した(相続分各二分の一)。
三 本件の争点は損害の額である。
1 原告の主張
(一) 原告河野通麿及び同河野春美の主張
原告河野通麿及び同河野春美は、本件事故により、次のとおり、それぞれ三三五四万八七一二円の損害を被った。
(1) 亡河野李奈の損害
<1> 逸失利益 三九二四万五五三〇円
亡河野李奈は、死亡当時一五歳の女子高校生であり、高校卒業後は美容師になる希望を持っていて、本件事故さえなければ高校卒業後満一八歳で就労するものとして満一八歳から満六七歳までの四九年間は就労が可能であった。平成九年賃金センサス労働者計・産業規模計・学歴計による女子労働者の全年齢平均年収三四〇万二一〇〇円を基礎として、これに五パーセントのベースアップ分を加えた三五七万二二〇五円、生活費控除率を三〇パーセントとして、一八歳未満の者に対するライプニッツ係数一五・六九四八に基づき、次式により計算した金額が逸失利益の額となる。
(計算式)
357万2205円×0.7×15.6948=3924万5530円
<2> 死亡慰謝料 二三〇〇万円
亡河野李奈は、夢多き明るい女子学生であったにも関わらず、突然被告の重大な過失によって若年で死亡するに至ったものであり、その無念の死による精神的苦痛は二三〇〇万円を下ることはない。
(2) 相続
原告河野通麿及び同河野春美は、亡河野李奈の両親として、右<1><2>の合計六二二四万五五三〇円を、それぞれ二分の一(三一一二万二七六五円)ずつ相続した。
(3) 原告河野通麿及び同河野春美固有の損害
<1> 葬儀費用 一八五万一八九五円
原告河野通麿及び同河野春美は、亡河野李奈の葬儀費用として、一八五万一八九五円を支払った。
<2> 弁護士費用 一五〇万円
原告河野通麿及び同河野春美は、原告ら訴訟代理人に本訴の提起・追行を委任し、弁護士費用の支払の約束をしたが、被告の負担すべき弁護士費用は請求金額の一割以内としてそれぞれ一五〇万円が相当である。
(二) 原告宮地敏夫及び同宮地美知子の主張
原告宮地敏夫及び宮地美知子は、本件事故により、次のとおり、それぞれ三三七〇万九〇〇六円の損害を被った。
(1) 亡宮地里奈の損害
<1> 逸失利益 三九二四万五五三〇円
亡宮地里奈は死亡当時一五歳の女子高校生であり、高校卒業後は美容師になる希望を持っていたのであり、本件事故さえなければ高校卒業後満一人歳で就労するものとして満一八歳から満六七歳までの四九年間は就労が可能であった。平成九年賃金センサス労働者計・産業規模計・学歴計による女子労働者の全年齢平均年収三四〇万二一〇〇円を基礎として、これに五パーセントのベースアップ分を加えた三五七万二二〇五円、生活費控除率を三〇パーセントとして、一八歳未満の者に対するライプニッツ係数一五・六九四八に基づき、次式により計算した金額が逸失利益の額となる。
(計算式)
357万2205円×0.7×15.6948=3924万5530円
<2> 死亡慰謝料 二三〇〇万円
亡宮地里奈は、夢多き明るい女子学生であったにも関わらず、突然被告の重大な過失によって若年で死亡するに至ったものであり、その無念の死による精神的苦痛は二三〇〇万円を下ることはない。
(2) 相続
原告宮地敏夫及び同宮地美知子は、亡宮地里奈の両親として、右<1><2>の合計金六二二四万五五三〇円を、それぞれ二分の一(三一一二万二七六五円)ずつ相続した。
(3) 原告宮地敏夫及び同宮地美知子固有の損害
<1> 診療費 四万三〇九〇円
<2> 葬儀費用 二一二万九三九三円
原告宮地敏夫及び同宮地美知子は、亡宮地里奈の葬儀費用として、二一二万九三九三円を支出した。
<3> 弁護士費用 一五〇万円
原告宮地敏夫及び同宮地美知子は、原告ら訴訟代理人に本訴の提起・追行を委任し、弁護士費用の支払の約束をしたが、被告の負担すべき弁護士費用は請求金額の一割以内としてそれぞれ一五〇万円が相当である。
2 被告の主張
(一) 逸失利益について
高知県産業計・企業規模計女子全年令平均年収三一六万一三〇〇円(賃金センサス・乙二)を基礎に、生活費控除率四〇パーセントとして、次式のように計算した金額である二九七六万九五八二円が相当である。
原告らは、五パーセントのベースアップを主張するが、経済が円熟期にあること、高齢社会化、少子化の傾向などからすると、今後の五パーセントのベースアップは蓋然性がない。
(計算式)
316万1300円×0.6×15.6948=2976万9582円
(二) 慰謝料について
原告が香典や供物等を供して誠意を示している(平成一一年一二月二一日迄計一八回)こと、原告らも相応の理解を表してきてくれていることなどを考慮して、それぞれ二〇〇〇万円とするのが相当である。
(三) 葬儀費について
それぞれ一二〇万円が相当である。
第三当裁判所の判断
一 損害額について
1 逸失利益について
(一) 前提となる事実によれば、亡河野李奈及び同宮地里奈が本件事故の当時高等学校第一学年に在学中の満一五歳の女子であり、これに証拠(乙二)及び弁論の全趣旨を総合すると、亡河野李奈及び同宮地里奈は、本件事故さえなければ、高校卒業後の満一八歳から六七歳までの四九年間就労することができ、その間、平成九年の賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計、女子労働者の全年齢平均年収額三四〇万二一〇〇円(甲六)を得ることができたものと推認することができる。
また、右争いのない事実によれば、亡河野李奈及び同宮地里奈は、本件事故当時いずれも女子高生であったというのであるから、その生活費控除率は三〇パーセントとするのが相当である。
(二) これに対し、原告らは、逸失利益の算定に当たり、将来のベースアップ分五パーセトをも考慮するべきであると主張するが、本件全証拠をもってしても、このようなベースアップの蓋然性を認めることはできず、前記年収額にベースアップ分を加えたものをもって、逸失利益算定の基礎とすることはできない。
他方、被告は、逸失利益を算定するに当たっては、高知県産業・企業規模計女子全年齢を基礎とし、生活費控除割合四〇パーセントで計算するのが相当であると主張するが、亡河野李奈及び同宮地里奈の逸失利益を算定するに当たって被告主張の基準を用いるのを相当とすべき事情を認めるに足る証拠はない。
(三) とすると、亡河野李奈及び同宮地里奈が高校卒業後獲得すべき年収額三四〇万二一〇〇円に、生活費控除率三〇パーセントを控除した七〇パーセントを乗じ、更に、これに同人らの死亡時の年齢に対するライプニッツ係数一五・六九四八を乗じて算出した三七三七万六六九五円をもって、本件事故による亡河野李奈及び同宮地里奈の各逸失利益とするのが相当である。
2 死亡慰謝料について
(一) 前提となる事実に証拠(甲一、四、五、七ないし一四、乙一ないし四(いずれも枝番を含む。)原告河野通麿、同宮地美知子)及び弁論の全趣旨を総合すると、亡河野李奈及び同宮地里奈並びに本件事故の態様等につき、次の各事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、アスファルト舗装道路であり、高知県公安委員会により最高速度が時速五〇キロメートルと指定されていたところ、本件事故当時、深夜で雨が降っていたのであるから、視界の点においても、路面の滑り易さの点においても、指定速度以下の速度で走行すべき状況にあったにもかかわらず、被告は、本件車両運転中、トンネル手前で車線がひとつになるまえに先行する被害タクシーをかわしたいという極めて自分勝手な理由で、あえて時速九〇キロメートルないし一〇〇キロメートルにまで加速し、むりやり被害タクシーを追い越そうとした。
(2) 被告は、右追越しに際し、濡れた路面上で、ハンドルを切りながら、急加速を加えるという忌避されるべき運転に及んだ末、本件車両を滑走させるなどして、制御不能な状態に陥れたあげく、被害タクシーの後部に追突させ、同車を街灯支柱に激突させる本件事故に至った。
(3) 亡河野李奈は、本件事故により、被害タクシーから転落し、同車の車底部で狭圧された結果、両下腿を切断され、また、亡宮地里奈は、被害タクシーと街灯支柱との間に狭圧された結果、上下顎を骨折し、左上腕を切断され、それぞれ、それに伴う出血性ショックにより死亡した。
(4) 亡河野李奈及び同宮地里奈は、いずれも、高校卒業後に美容師になることを夢見て、学業に励み、学生生活を楽しんでいたところ、本件事故に遭った。
(二) 以上の事実を総合すると、亡河野李奈及び同宮地里奈は、悪質極まりない被告の無謀運転により、目を覆うばかりの状況で早期の死亡を強いられ、希望に満ちた将来を根こそぎ奪われたものというほかなく、その無念さは筆舌に尽くしがたく、被告及びその両親が香典や供物を供えたこと、原告河野通麿が被告の将来を配慮し厳しい態度に出なかったことなどを最大限考慮したとしても、亡河野李奈及び同宮地里奈の精神的苦痛を慰謝するには、それぞれ二三〇〇万円を要するというのが相当である。
3 葬儀費用等について
(一) 証拠(前掲各証拠、甲二、三(いずれも枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によると、原告河野通麿及び同河野春美は、亡河野李奈の葬儀費用等として、総額一八五万一八九五円を、また、原告宮地敏夫及び同宮地美知子は、亡宮地里奈の葬儀費用等として、総額二一二万九三九三円を、それぞれ支出したことが認められる。
(二) ところで、本件事故は、前記2(一)認定のとおりの悲惨なものである上、社会の耳目を集めたこと、亡河野李奈及び同宮地里奈が高校生であったことなども併せて考慮すれば、同人らの葬儀はいきおい大規模なものにならざるを得す、その費用についても、一般の葬儀に比べ必然的に高額になるのもやむを得ないというべきである。
とすると、(一)で原告らが支出した葬儀費用は、いずれも社会通念上相当なものであり、本件事故と相当因果関係の範囲内の損害というべきものである。
(三) また、前掲各証拠によると、原告宮地敏夫及び同宮地春美両名は、高知赤十字病院に対し文書料三六七五円及び再診処置料二万一四六五円を、みどりタクシーに対し遺体搬送料一万七九五〇円をそれぞれ支払ったことが認められ、(一)(二)と同様に、いずれも、本件事故と相当因果関係のある損害というのが相当である。
4 弁護士費用について
(一) 不法行為の被害者が自己の権利擁護のため訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害であり、被害者が加害者に対しその賠償を求めることができる(最高裁昭和四四年二月二七日第一小法廷判決・民集二三巻二号四四一頁)。そして、不法行為に基づく損害賠償債務は、なんらの催告を要することなく、損害の発生と同時に遅滞に陥るものと解すべきところ(最高裁昭和三七年九月四日第三小法廷判決・民集一六巻九号一八三四頁参照)、弁護士費用に関する前記損害は、被害者が当該不法行為に基づくその余の費目の損害の賠償を求めるについて弁護士に訴訟の追行を委任し、かつ、相手方に対して勝訴した場合に限って、弁護士費用の全部又は一部が損害と認められるという性質のものであるが、その余の費目の損害と同一の不法行為による身体傷害など同一利益の侵害に基づいて生じたものである場合には一個の損害賠償債務の一部を構成するものというべきであるから(最高裁昭和四八年四月五日第一小法廷判決・民集二七巻三号四一九頁参照)、右弁護士費用につき不法行為の加害者が負担すべき損害賠償債務も、当該不法行為の時に発生し、かつ、遅滞に陥るものと解するのが相当であり、右損害の額については、被害者が弁護士費用につき不法行為時からその支払時までの間に生ずることのありうべき中間利息を不当に利得することのないように算定すべきものである(昭和五八年九月六日最高裁第三小法廷判決・民集三七巻七号九〇一頁参照)。
(二) 本件について、これらの点を検討するに、前記各認定事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、本件訴訟は、原告らが本件事故により直接又は間接的に受けた被害の填補を被告に求めるものであるところ、本件事故の発生についての責任割合こそ争いはなかったものの、損害額については双方に大きな隔たりがあり、その主張・立証に際しては、刑事記録等膨大な資料の検討が必要であったこと、訴訟前の示談の経緯において被告加入の保険会社から原告河野通麿及び同河野春美に提示された示談金額は合計四二五四万円(被告が自己負担を申し出た二〇〇万円を含む。)にすぎなかったことなどから示談成立に至らなかったこと、原告らは本件訴訟において、それぞれ弁護士費用を除き約三二〇〇万円余りを被告に請求したところ、ほぼ全額に近い金額が認容されるべきであることなどが認められ、これらを総合し、本件事故時から弁護士報酬の支払時期までの中間利息をも考慮すれば、原告らの請求する弁護士報酬のうち本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに対し賠償を求め得るのは、各原告につきそれぞれ一五〇万円とするのが相当である。
二 結論
以上のとおりであるから、原告河野通麿及び同河野春美の本訴請求は、被告に対し、それぞれ三二六一万四二九五円(同原告らが相続した亡河野李奈の逸失利益三七三七万六六九五円及び慰謝料二三〇〇万円の各半額、同原告らが負担した葬儀費用一八五万一八九五円の半額、弁護士費用一五〇万円の合計)及びこれらに対する不法行為の日である平成一一年七月二一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合よる遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、また、原告宮地敏夫及び同宮地美知子の本訴請求は、被告に対し、それぞれ三二七七万四五八九円(同原告らが相続した亡宮地里奈の逸失利益三七三七万六六九五円及び慰謝料二三〇〇万円の各半額、同原告らが負担した葬儀費用等二一二万九三九三円及び四万三〇九〇円の各半額、弁護士費用一五〇万円の合計)及びこれらに対する不法行為の日である平成一一年七月二一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六四条但書を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 北川和郎)